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アロアロヨシさん

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ホンダ スーパーカブ、工業立国日本の、快進撃スタート

アロアロヨシさんが中学生の頃、ホンダの50CCバイク、スーパーカブが発売され、その後、約8500万台を出荷し、世界的ヒットとなりました

技術屋社長、本田宗一郎の、飽くなきこだわりと、日本人のモノ作りに対する情熱が、素晴らしい製品を産み出したのです

1958年、ホンダ スーパーカブの発表会は、現在からみれば、本当につつましやかなものでしたが、日本の工業製品が、世界のひのき舞台に、初めて登場した瞬間でした

ここから、日本の工業力が爆発し、工業立国日本の快進撃が始まるのです!

スーパーカブ

ノークラッチの変速ギア付。運転のしやすさと、スッキリしたスタイリング、細部にまでこだわった、日本人のモノ作りが、爆発的なヒットの要因となりました


発売開始より50年以上経っても、当初の設計を引き継ぎ、しかも、世界各地で現役の人気車種となっています

途上国では、一家全員がいっぺんに乗って(何人乗り?)、アフリカの奥地でも、数リッターのガソリンがあれば、1日中乗り回すことが出来て、故障しないスーパーカブは、大人気となりました


当時は、12才になってから、写真と住民票を警察に持って行けば、許可証をくれました。

かくいう、アロアロヨシさんも、12才になったらすぐに、第一種原動機付自転車許可証を、取得しました。



ちなみに、アロアロヨシさんが中学生の時に乗っていたバイクは、宮田工業のミヤペットでした。

miyapet1959.jpg


ガッチリとしたスタイリングの、バイクらしいバイクでした

クラッチが付いており、そこが本格的な感じがして、結構、気に入ってました

でも、本当は、ホンダのスーパーカブに、乗りたかったのです


ホンダのスーパーカブは、ネットでも検討できます
アマゾンで見てみる→バイクセンターアマゾン店

楽天市場で見てみる→バイクセンター楽天市場店




tag : 工業立国日本

青島幸男の、「いまに見ておれ~!」

主演、青島幸男のテレビドラマ
1964/5/9~1964/8/1まで、土曜日22:00~23:00に、全13回放映

いまにみておれ


実在した鉄道マンの出世一代記を、青島流のナンセンスギャグで散りばめた喜劇でした。

毎回冒頭で、主人公が「いまに見ておれ~!」と叫ぶシーンが強烈に印象に残り、アロアロヨシさんも、逆境にある度に、「いまに見ておれ~!」と心の中で叫んで、乗り越えてきました。

敗戦からの復活、高度経済成長が始まった頃、放映され、「いまに見ておれ~!」と叫びながら、団塊の世代は日本の復興を夢に見て、頑張って来たのです。

「青島だー」さん、ありがとう。

アロアロヨシさんの復興は、まだまだです。
いったい、いつまで叫び続けたら、良いのでしょうか。


tag : 団塊の世代

昭和の良き時代、テレビが初めてやって来た

アロアロヨシさんが小学校6年生の時、我が家にテレビがやって来ました

昔のテレビ
リモコンは無く、チャンネルはガチャガチャと回す、映るまでに数十秒かかった





1953年1月にシャープが、国産第1号の白黒テレビを発売、同年2月にNHKが本放送を開始。

発売当初は高価だったことから購入者は少なかったが、1959年の皇太子明仁親王成婚パレードを機に、買う人が急増しました。

アロアロヨシさんの家も、そのくちです。

1950年代後半には、電気洗濯機や電気冷蔵庫などとともに、「三種の神器」の一つに数えられるようになり、これらを揃えることが、ステータスとなりました。

当初の番組は、アメリカのドラマが多く、アイラブルーシーなどを見ながら、でっかい冷蔵庫や、その中の肉のかたまり、掃除機などを使うアメリカの生活に、びっくりし、あこがれたものです。

「こんな国と戦争をしたんだもんね」と、大人たちは、つぶやいていました

ここから日本人は、アメリカを目標にして、団塊の世代に受け継ぎ、「いまに見ておれ~!」と追い駆けていくのです。

tag : 団塊の世代

「超」整理法

昨今、パソコンでの情報整理が、中心になっています。紙の書類もスキャナーで取り込んで、パソコンで管理でき、検索で瞬時に探し出すことが出来、たいへん便利です。

但し、全てのアナログ書類をパソコンに取り込むことは、手間もかかるし、煩雑です。また、カタログなどの製本してあるものは、無理です。

そこで、手間いらず、お金いらず、の方法を模索していたところ、「超」簡単な方法が見つかりました。

それが野口悠紀雄氏の「「超」整理法」でした。

「超」整理法―情報検索と発想の新システム (中公新書)


要るものは、使用済みの封筒(角2)だけです。つまり、タダ!

角2の封筒というのは、いつも見かける、パンフレットなどを送ってくる、大型の封筒のことです。A4の書類が入ります。

ふたの部分を切り取って、右横に日付とタイトルを書いて、書類を放り込み、書棚に右から順に入れていきます。

取り出して使用したら、また右から入れていきますので、使用しないもの、古いものは、左に寄っていきます。

左サイドには、使用しない古いものが溜まってきますので、折を見て捨てていきます。

ただし、野口式は左から入れていくので、右に使ってないファイルが溜まっていきます。

大変に簡単・便利な方法なのですが、最大の欠点は、見た目が悪いことです。女ども、特に家内には不評です。

野口式
左サイドには、古いものが溜まっています。そろそろ捨てなくては
いちばん右に、住基カードの袋が入ってます。最近、確定申告した
ので。書類だけでなく、住基カードも入れてあります

ふたの部分の切ってないもの、ビニール袋に入っているもの、もらった袋をそのまま入れているもの、などなどありますが、要するに、縦に入れば良いのです。

野口悠紀雄さん、ごめんなさい。

「野口悠紀雄氏の「超」整理法」ではなく、「あろあろよしさんの「超ものぐさ」整理法」ですね。



家康の遺訓

アロアロヨシさんは、徳川家康生誕の地、愛知県岡崎市の出身で、子供の頃から家康の遺訓は、田舎の所々で見慣れており、成人したころには、自然と頭に入って、そらんじるようになりました。

若いころは、つまらない人生訓だなと思っていましたが、だんだんと歳を重ねていくうちに、その一文一文が輝き出し、遂には、心の中に住み着いてしまいました。

人生の場面場面で、どれか一文が湧いてきて、アロアロヨシさんを助けてくれました


岡崎城址公園に建てられている、東照公遺訓碑
東照公遺訓碑 
(写真をクリックすると、拡大します)


1. 人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し、急ぐべからず

2. 不自由を常と思えば不足なし

3. 心に望み起こらば困窮したるときを思い出すべし

4. 堪忍は無事長久の基、怒りは敵と思え

5. 勝つことばかり知りて負くることを知らざれば害その身に至る

6. 己を責めて人を責むるな

7. 及ばざるは過ぎたるより勝れり

慶長八年正月十五日


もともと番号は付いていませんが、あとあと解説しやすいように、1番から7番までに分けて、振りました。

家康の生涯のエピソードと照らし合わせながら、解説してみたいと思います。。。僭越ながら





家訓 13. コツコツ稼げ、でっかく稼げ

家訓 13. は「コツコツ稼げ、でっかく稼げ」ですね。

これは、かく言うアロアロヨシさんが、これまで実践してきた、お金を稼ぐノウハウです。

まじめに働いて、少ない収入でも継続し、そこそこの人生をおくる人は、たくさんいます。

一方、でっかい山を当てようと、いつもいつもそればかりを狙って、女房に逃げられた人も少なくありません。

地道のお金儲けは、あまり面白くありませんが、間違いない方法です。
でっかい山を当てるお金儲けは、スリリングで、エキサイティングですが、駄目なときは悲惨です。

アロアロヨシさんは、結構まじめで、コツコツ稼ぐのが好きですが、それと平行して、でっかい山を張りながら、楽しんでいます。

一例は、今の自宅を購入する資金を、コツコツと貯金をして貯めると同時に、宝くじを買って当たったら、会社を辞めて、家を買おうと考えていました。

結果的には、コツコツ貯めた方で、購入する結果となりました。

アロアロヨシさんの家訓は13まででした。

またいつか、追加をしたいと思いますが、ひとまずこれで終わります。

tag : 家訓

家訓 12. 窮鳥懐に入れば、猟師もこれを殺さず

家訓 12. は「窮鳥懐に入れば、猟師もこれを殺さず」です。

これは、アロアロヨシさんの父が、口癖のように言っていた言葉です。

父はお人好しと言われるくらい、人情味が厚く、一端自分の懐にはいると、とことん信用し、可愛がる癖がありました。

そのため、だまされることも多く、そのたびに母に小言を言われていました。

そんな時に親父はいつも、「窮鳥懐に入れば、猟師もこれを殺さず」と言っていました。

その当時、アロアロヨシさんも子供心に、母と同じように、親父をお人好しと思っていました。

後年、その頃の親父の歳になってきたときに、親父の暖かさとかが、分るようになりました。お袋も口とは違い、実はそんな親父が好きだったんだなということも。

アロアロヨシさんは末っ子で、その良さが分るようになった頃には、もう親父は居ませんでした。

tag : 家訓

家訓 11. 知識は武器

家訓 11. は「知識は武器」でした。

これは、もう既に他界した、アロアロヨシさんの兄、五人兄弟の三男坊が、よく言っていました。

三男坊は繁明さんと言って、結構、短気で怒りっぽい性格でした。

「人生、意気に感ず」的なところがあって、スパッと竹を割ったような性格で、年齢も近いこともあり、アロアロヨシさんといつも一緒の兄貴でした。

中学時代は、勉強があまり好きではなく、上の兄と姉の3人が入った高校に、とても入れる学力ではなかったのですが、入試が近くなると、猛烈に勉強し、合格してしまいました。

その後、高校でもあまり勉強をしなかったのですが、受験直前にスパートし、ついに現役で明治大学へ入ってしまいました。

そんな繁明さんが、アロアロヨシさんによく、「知識は武器」だと言ってました。

「知識」と「武器」、それぞれの言葉の意味は、分っていましたが、何故その2つが結びつくのか、子供のアロアロヨシさんには、ピンと来ませんでした。

学校を卒業し、社会人になった頃、結びつけた意味が、少しずつ分るようになってきました。

ビジネスマンも3年くらい経ってから、すごい言葉だなあと、しみじみと感じました。

tag : 家訓

ハワイで最もエキサイティングな体験! 「セスナを操縦して、ハワイを飛ぼう」

ハワイツアーで、最もエキサイティングな体験は、何だと思いますか?

もちろん、サーフィン・スキンダイビングなどの、海のスポーツはエキサイティングですが、何と言っても一番の冒険は、セスナを自分で操縦して、空からハワイを巡ることでしょうね

そんなのは、飛行機の免許が必要だから、ダメだと思っていませんか

ところが、アメリカでは、免許なしでも、初めてでも、離陸から着陸まで、自分で操縦することが出来るんです

ハワイの海岸線は、とても美しく、ダイアモンドヘッドは、上から見ると、まるで違った景色になります

上空から見た、ダイアモンドヘッド
ダイアモンドヘッド


アロアロヨシさんは、冒険が好きで、特に空に関しては今まで、パラグライダーやハングライダーに挑戦してきました

セスナ操縦は、ウクレレフェスティバル参加でハワイに行った時に、ワシンエアで体験してきました


♪ 周遊コースは選べます ♪

アロアロヨシさんが選んだ、オアフ島一周体験操縦は、HONOLULU空港を出発し、左回りで、ダイアモンドヘッド上空から、海岸線を周遊するものです

トラトラトラ、真珠湾攻撃の、日本軍侵入ルートと同じく、Kahuku岬を経て、Hale'iwaから再上陸、KO'OLAU山脈とWAI'ANAEの渓谷を進み、真珠湾に達します

山あいの渓谷を抜けて、真珠湾に達し、上空から眺めると、まるで、ゼロ戦のパイロットになったような気分になります

セスナから見た、真珠湾
真珠湾



ワシンエアは、経験豊かな、信頼できるベテランパイロットが、横について日本語で指導、危険な時はアシストしてくれます

1997年の創業以来、無事故とのことですが、それもうなずけます


♪ 体験操縦した時間は記録に残ります ♪

ワシン・エアでは、教官免許を持ったパイロットが同乗しますので、体験操縦された方のフライト時間は、正式な飛行時間として証明されます

これが、アロアロヨシさんが取得した、自慢の"Certificate of Flight Traning"です
ワシンエア証明書

これは日本でも有効な飛行時間となり、将来飛行機のライセンスを取得する場合、飛行時間として加算されます


エキサイティングですよ、一度体験してみては、いかがでしょうか

実際に操縦している動画は、こちらからご覧ください


ワシンエアはこちらからどうぞ →セスナ(小型飛行機)体験操縦 - ハワイの大空を飛ぶ! byワシン・エアー




ワシンエア以外の体験操縦ツアーは以下の通りです、ご自分に合った、お好きなものをお選びください

NOAH FLYING INC.は、こちらからどうぞ →
オアフ島 セスナ(小型飛行機)単発機体験操縦ツアー by NOAH FLYING INC.


オフショアフライトスクールは、こちらからどうぞ →
小飛行機体験操縦(送迎付き) by オフショアフライトスクール


NOAH FLYING INC.は、こちらからどうぞ →
オアフ島 セスナ(小型飛行機)双発機体験操縦ツアー by NOAH FLYING INC.


ヘリコプターができる、オフショアフライトスクールは、こちらからどうぞ →
ヘリコプター体験操縦(送迎付き) by オフショアフライトスクール




家訓 10. 前へ前へ、温故知新、また前へ

家訓 10. は「前へ前へ、温故知新、また前へ」です。

これは、アロアロヨシさんの父方の祖父が、よく言っていた言葉です。

祖父は「角次郎」と言い、株式相場や将棋といった、勝負事の好きな男でした。

若い頃は、相場で大儲けし、羽振りの良い時もあったようです。

角次郎じいさんは、アロアロヨシさんを連れて、お寺の説教を聞きに行ったり、将棋を教えてくれたりしました。

彼は当時、将棋の「いなか初段」と言われていました

いなか初段というのは、どういうことか、良く分かりませんでしたけれど、むちゃくちゃ強くて、全く歯が立ちませんでした



攻めの将棋を打つのが得意で、棒銀戦法や、一間飛車の使い手でした

棒銀戦法は、これです!


一間飛車は、これです!


その攻めの切っ先は鋭く、ぐいぐいとアロアロヨシさんの陣地に食い込んできました。

まさに、前へ前への教訓通りでした。

その角次郎じいさんが、将棋を指している時に、ある時ふと、
「おんこちしん」と言いました。意味を聞いても、ニコニコしているばかりで、教えてくれませんでした。

その後、学校で先生がその字と意味を、教えてくれましたので、「前へ前へ」と「温故知新」を組み合わせて、角次郎じいさんの教訓としました。

角次郎じいさんが老いていくのと、アロアロヨシさんが成長していくのと、ある交点で、アロアロヨシさんが勝つようになりました。

勝つようになると、だんだんと対戦しなくなり、いつとはなしに、将棋をしなくなりました。

アロアロヨシさんが社会人に成り立ての頃、角次郎じいさんは、98才の長寿を全うし、大往生しました。



tag : 家訓

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