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日本人の美しき礼節と、不変の愛、『蜩ノ記』が封切られました

アロアロヨシさんの♪映画ブログ、「封切り映画編」の2番目は
『蜩ノ記』 (ひぐらしのき)です

***************************************************

時代劇は最近、年配の方向けの 『雨あがる』 などの渋い本格的なものから、若者向けの 『るろうに剣心』 などの娯楽作品まで、かなり充実し、人気が高まっています

そんな中、葉室 麟(はむろりん)の直木賞受賞作品 『蜩ノ記』 が、黒澤明監督の愛弟子・小泉 堯史(たかし)監督、黒沢組のスタッフにより、本格的な正統派時代劇となって、封切られた

蜩ノ記


物語は、豊後の国(現在の大分県)、羽根(うね)藩

岡田 准一扮する檀野庄三郎(だんのしょうざぶろう)は、些細な争いから、親友の青木崇高(むねたか)扮する信吾と、刃傷沙汰を起こしたが、幽閉中の元郡奉行、役所広司扮する戸田秋谷(とだしゅうこく)の監視役を命ぜられ、切腹を免れた

戸田秋谷は7年前、寺島しのぶ扮する藩主の側室・お由の方(後・松吟尼)と不義密通し、目撃した小姓を切り捨てた罪で、切腹を命じられた

切腹の期限は、その日より10年後とし、それまでに、編纂途中であった羽根藩家譜を、完成することを命じられた

期限を3年後に控えたある日、庄三郎は、秋谷一家が暮らす、向山村(むかいやまむら)へ入る

原作はここから始まるが、映画のオープニングは豪雨
城内の御用部屋で、庄三郎と信吾の格闘シーンから始まり、観客をぐいぐいと、物語の中へ引き込んでいく

小泉監督の本領発揮と言えよう

家譜編纂の過程で、秋谷は、藩の重大な秘密を握っていた

秋谷と、原田美枝子扮する、妻・織江のほのぼのとした夫婦愛、家族愛
庄三郎と、堀北真希扮する、秋谷の娘・薫との初々しい恋
人間同士の崇高な絆

日本人の美しい礼節、移ろいゆく四季折々の風景の中、美しくも切迫したシーンが展開し、庄三郎が抱いた疑惑、秋谷の備忘録 「蜩ノ記」 を交えながら、物語がミステリー風に、進行していく



アロアロヨシさんの♪おすすめ名シーン

作品すべての中に、名シーンが数多く登場するが、たった1つ上げるとすればここでしょう

ラストの切腹の日、秋谷と織江、借景の山々が重なる庭を眺めながら、

秋谷「きょうも暑くなりそうだな」
織江「さようでございますね」

原作は、このままの会話だが、映画では二人の間に、蜩の鳴き声が入り

蜩ノ記_ラスト

秋谷「きょうも暑くなりそうだな」
カナカナカナカナカナカナカナカナ・・・・・・
織江「さようでございますね」

となる
小泉監督の豊かな感性を感じさせる、名シーンと言えよう

原作は2012年第146回直木賞選考会で、満場一致で選ばれた、葉室麟 「蜩ノ記」 [1] 。浅田次郎に絶賛された。
『雨あがる』 『博士の愛した数式』 の:小泉堯史が脚本・監督

ワクワクのストーリー展開と、全てが凝結したラストシーンは、ぜひ、映画館でご覧ください

原作:葉室麟 「蜩ノ記」(祥伝社刊)
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主演:役所広司、岡田准一
監督:小泉堯史
脚本:小泉堯史、古田求
音楽:加古隆
撮影:上田正治、北澤弘之

脚注:
[1] 蜩ノ記 - Wikipedia

『蜩の記』公式サイトは、こちらから ↓
http://www.higurashinoki.jp/index.html


tag : 封切り映画

懐かしい、スバル360、日本の自動車産業の先駆けとなりました

アロアロヨシさんは、16才の時に車の免許を取りました。

当時は、軽免許というのがあり、軽自動車は16才から乗れたのです。

高校1年生の時、誕生日が来るとすぐに、免許を取りました。

家にあった、マツダのキャロル [1] を運転し、友達や先生や、彼女までも乗せて、高校生活を楽しんだものです。

最高出力18ps/6,800rpm、最大トルク2.1kg・m/5,000rpm、水冷 4ストローク 直列4気筒 OHVのアルミシリンダーエンジンをリアに横置き搭載し、後輪を駆動する、RR(リアエンジン・リアドライブ)車

リアウィンドウは、ガラスを垂直に立てた「クリフカット」型。これにより、後席のヘッドクリアランスを稼いでいました

1962年発売。

基本を、頑固なまでに守り、しかも当時の先進技術を随所に取り入れた、マツダならではの、しっかりとした作りでした

この車です ↓
キャロル2

後席のヘッドクリアランスが十分で、大人4人が快適にドライブできる車内に、みんなを乗せて、アロアロヨシさんの自慢の車でした

ただし、車重に比して、エンジンの低速域が弱く、回転数を上げて加速するため、決して軽快とは言い難い、ドライブフィーリングでした


その頃、売れ行きで首位の座にあったのは、キャロルではなく、スバル360 [2] でした

キャロルをさかのぼること4年前の、1958年3月3日に発売され、卵型のモノコックボディで、フォルクスワーゲンがカブトムシと呼ばれましたが、スバル360はてんとう虫と呼ばれ、とてもカッコよく、たいへんな人気でした

公式プレス発表は、丸の内の富士重工本社で、実車もなく、カタログのみで、つつましやかに始まりました
実車を報道陣から要求され、急遽、工場から取り寄せたというエピソードも残っています

初代、日本のマイカーと呼ばれ、戦後日本の工業史に燦然と輝く、名車となりました

ちなみに、1号車は、かの松下幸之助が購入しました

これです! ↓
スバル360


スバルは、ゼロ戦を製作した、中島飛行機が前身で、その製作技術と誇りが、いたるところに光っています

10インチタイヤ、トーションバースプリング、ネジなど、部品の1つ1つを、丁寧に吟味し、独自に設計・製作して、開発していきました。

最高出力16ps/4500rpm、最大トルク3.0kg・m/3000rpm、強制空冷2ストローク直列2気筒自然吸気、356ccエンジンをリアに置き、プロペラシャフトを排した、リアドライブとし、空車時で最高時速80km/hを実現しました

室内は、ゼロ戦製作を活かした、無駄を省いた設計で、小さい割には、4人乗りのスペースが、しっかりと確保されていました

この4人乗りは、量産型軽自動車としては、世界初となり、日本のお家芸、コンパクト技術が、始動した最初の量産品となったのです

敗戦国日本の技術者が、その誇りと技術者魂を、ぶつけ、心血を注いだ一品でした

1958年から1970年まで12年間の間に、約39万2,000台が生産され、日本の自動車産業躍進の先駆けとなりました

ここから日本の車産業は、欧米に追いつき、追い越して、工業立国日本は爆発的な成長を遂げるのです


キャロルは、アロアロヨシさんの青春の1ページでした
でも、本当は、てんとう虫に乗りたかったのです


脚注
[1] マツダ・キャロル - Wikipedia
[2] スバル360 - Wikipedia


tag : 工業立国日本

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